尾のある亜人

古事記・日本書紀に神武天皇が吉野で出会った亜人について記述がある。
・井戸から出てきた体が光り、尻尾のある人。名を井光(イヒカ)(古事記では井氷鹿とある)
・岩を押し分けて出てきた尻尾のある人。名を岩押分之子(イワオシワクノコ)

亜人の正体について、
木こりが尻尾のついた毛皮を着ていた。地元の首長が服従してきたとする説
・井戸が光る=水が光る=水銀、岩を押し分ける=鉱山の入り口、として鉱物を得たとする説
などがあるが、ほかにはどんなことが考えられるだろうか。

尾のある人とは猿である

単純に読めば、人語を話す猿である。人の子を産む鮫がいるのだから人語を話す猿がいたっていいだろう。
ただ、わざわざ書くぐらいだから何か伝えたいことがあるはずだ。この時、神武天皇は大和を得るための戦争中であるのに、寄る必要のない吉野に寄っている。

吉野、尻尾が生えた人。何を伝えたかったのか、二つのキーワードから考えてみる。

最強のパワースポット吉野

吉野は修験道の聖地である。修験道の開祖である役小角は吉野で修業し、鬼神をも操る力を得た。
天武天皇は仏道の修行のために吉野に入った後、壬申の乱を勝ち抜き天皇となった。その際、天下の行方を占ったり、雷雨を天地の神々に祈ることで止ませたりしている。
吉野は霊能の力を得る地であることが分かる。

神武天皇は導きの神・八咫烏(ヤタガラス)を天の神から授かっている。八咫烏を大和の住人か首長だとすると、八咫烏は吉野の力を知っていたのではないか。神武は強敵・ナガスネヒコとの決戦を前に霊能の力を求め、八咫烏は吉野を案内した。
そこで出会った体の光るイヒカと岩を押し分けるイワオシワクノコとは吉野で修業する異能の人だったのではないだろうか。

山野で暮らす者たちは、平野部で家を建てて暮らす人から動物に例えられていた。洞窟に暮らす人は身丈が短く、手足が長いとされ土蜘蛛と呼ばれた。ならば吉野山で修業するイヒカとイワオシワクノコのような人たちは、猿に例えられて尻尾があるとされたのではないか。

吉野を巡り霊能の力(もしくはイヒカやイワオシワクノコのような異能の人)を得た神武天皇は見事ナガスネヒコを打ち破り天下を収めた。
吉野には天下を手に入れるための力がある。そう思ったからこそ天武天皇や南朝の後醍醐天皇は吉野へ向かったのではないだろうか。
人生に迷ったときは吉野に行ってみるのもいいかもしれない。不思議な力を得て未来を切り開くことができるかもしれないから。