井戸から出てきた光輝く者

神武天皇は東征の折、吉野に出向く。そこで吉野の民の先祖となった神たちと出会う。その神の一柱がイヒカ(井光・井氷鹿)である。
イヒカは尾が生えて、光輝く姿で井戸から出てきたと言う。出てきて自己紹介をしただけで、ほかに何かをしたというエピソードがない謎の神といえるだろう。
そんなイヒカの井戸伝承地が各地にあるそうだが、その一つが吉野の桜の名所にあった。

桜の通りに残る井戸跡

下千本から中千本に向かう途中の道沿いにイヒカ神社がある。祀られている神の名は確認できなかったが、八幡宮とあるから八幡神だろうか。
イヒカ神社を通り越して少し歩くとイヒカの井戸跡の看板が立っていた。

看板の奥にあるかと覗いてみたがそれらしいものは見つからなかった。跡とあるから今は草や土に埋もれてしまったのかと思ったが、諦めきれずに道の先を歩いていくと善福寺があった。

井光山とある。ここに間違いないと中に入ってみる。
境内にはイヒカの井戸跡の看板があり、矢印で案内をしていた。案内に従いながら本堂の裏にまわると林の奥に矢印は続いていた。

林の道を下り、猪避けだろうか簡易的な柵を開けた先に(開けた後は閉めよう)イヒカの井戸跡があった。

寺の人か、近隣の人の手によるものなのか、井戸跡の前には榊が供えられていた。ひっそりとした場所だが人々から忘れられているわけではないようだ。

イヒカとは?

記紀によるとイヒカは吉野の民の先祖だという。
ただ、それだけではないはずだ。井戸から出てくる光る神。これは何を示しているのか?
イヒカの出現は、吉野の地で見つかった辰砂のことを神話にしたものではないだろうか。
辰砂は硫化水銀を成分としている鮮紅色の鉱石で、古代から赤色の顔料として使われたり水銀を取り出して使われている。
辰砂から取り出した顔料は「朱」でベンガラの赤より価値があるとされていた。
水銀は秦の始皇帝が不老不死の薬として飲用していたり、メッキ加工のために使われていた。
奈良や和歌山には水銀の産地が多くある。古代、辰砂は「丹」と呼ばれ、それらの産地には「丹」の地名や神社がある。丹原や丹治、丹生川上神社や丹生津媛神社など。
イヒカとは隠された「丹」の神ではなかったのか。イヒカについて記紀は一文で済ませているが実は、辰砂を独占したかった大和朝廷によって伝承を消されたのかもしれない。
修験道の開祖と言われる役小角はそのことを知っていて吉野の山々を聖地としたのではないか。役小角や空海、天武天皇に南朝。吉野には人を引き付ける秘密が隠されているに違いない。

投稿者

よし

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)