巨石からぼたもち

吉野の丹生川上神社は上・中・下の三社ある。面白いところだと職場の先輩に聞いたので、さっさく向かってみると,その道中に神武の東征の足跡と言えるものと出会うことができた。
丹生川上神社の下社から中社に向かう川沿いの道を車で走っていると左に巨石が迫り出す神社が見えた。これはなにか特別ないわれがあるに違いないと神社のすぐ近くにある駐車場に車を止めてお参りすることにした。

神武が出会ったのは巨人だったのか?

この巨石を祀っているのは岩神神社という。名前からてっきりニニギノミコトに選ばれなかった磐長姫が祭神だと思っていたが、神社の由緒書きには「岩穂押開神」とあった。
由緒書きを続けて読んでいくと、この神は古事記に記されている「国津神・石押分」のことだと書いてある。
この神は、神武が大和を目指す東征の折、吉野を巡った時に出会った神で、登場の仕方がかっこいい。
神武が吉野の山を歩いていると、石押分がその名の通り石を押し分けながら出てきて天神の子(神武のこと)を迎えてきたと言う。石押分には尻尾が生えていたと書かれていることから、獣の毛皮を着た人をモチーフにしたものだと考察されている。


石の神について考える

石押分は吉野の国栖の祖になったとあるから、古事記や日本書紀は吉野は天皇・朝廷に従ったと言いたいのだろうが、国が編纂した正史のことは置いておいて、古代吉野の民の信仰を考えてみる。
巨石は圧倒的な存在感を放っている。誰が見ても何かがあると思うに違いない。神が宿る岩を磐座というが、この巨石は間違いなく磐座として信仰を受けたに違いない。
では、この神に宿った神とはどんな神だろうか?
岩そのものを神として崇めたのか?それとも記紀にあるように巨石を動かすことができる巨人のような存在を見たのだろうか?記紀が地方の伝承を参考にして書かれているとしたら、吉野の民が信仰したのは巨人ではないかと思う。
人の手では到底成しえない自然の奇跡・奇勝は鬼がしたという伝承が各地にあるが、これは仏教が広がったからだろう。仏教が広まる前は奇跡の担い手は巨人だったはずだ。その証拠が巨人の伝承だ。記紀には巨人の記録はなかったと思うが、風土記には巨人の神の伝承が多く残されている。

古代吉野に巨人信仰があったのか、確かめるすべもなく、由緒書きにも巨人のことなど何一つ書いていないが、岩神神社の巨石には巨人の関与を想像させるだけの迫力がある。神社自体は小さなものかもしれないが、巨石の力を感じられるのでぜひ行ってみて欲しい。