兄弟ではない

神武の東征で、宇陀の地を治める兄弟の話がある。
兄の名はエウカシ、弟の名はオトウカシ。神武=イワレヒコは二人に傘下へ下るようにヤタガラスを使者に出した。オトウカシは素直に従ったが、エウカシはヤタガラスを追い払い、イワレヒコを罠にかけて殺そうとした。
しかし、オトウカシの密告によってエウカシは自らの罠で命を落とすことになる。

エウカシがバラバラにされた地の近くにある神社

この話の意味することは何か?記紀には兄弟の話が多くあるが、たいていは弟の方が優れているとされることが多い。これもそんな話の一つなのだろうか?
もしかしたら史書には乗せることができなかった裏が隠されているかもしれない。歴史の裏読みをしてみた。

まず、エウカシとオトウカシは兄弟とあるが、本当は兄弟ではなかっただろう。
おそらくは宇陀の地を治める二人の豪族が後に兄弟とされただけだ。

二人の勢力は互角で小競り合い程度の争いはあっただろうが、まずまず平和に暮らしていただろう。二人は宇陀に多くある水銀・辰砂を資金源としていたはずだ。おそらくイワレヒコの狙いも水銀だろう。
古代で水銀はとして飲まれ、辰砂の朱は魔除けとして使われていた。二人は大和のナガスネヒコとも交流があっただろう。ニギハヤヒのことも知っていたはずだ。

ナガスネヒコに敗れ、兄を失ったイワレヒコはなぜ何年も暮らしていた吉備に退かなかったのか?
兄の遺言「太陽を背にして戦え」を忠実に守ったからか?
ではなぜナガスネヒコと東から向き合うために北からではなく、山深い熊野と吉野を越える南へと向かったのか?

それはイワレヒコを南へと導く存在がいたからだろう。

八咫烏

熊野那智大社の近く、大門坂駐車場のヤタガラス

イワレヒコは熊野に入る前に名草戸畔と丹敷戸畔という二人の女賊を殺している。
二人は名草と丹敷を治めていた女性だろう。巫女のような働きをしていたのかもしれない。

なぜ敗戦直後のイワレヒコが二人を討つ必要があったのか?

それはヤタガラスを解放するためだろう。
記紀では、ヤタガラスは苦境にあるイワレヒコを救うために神が遣わした聖獣のように書かれているが、ヤタガラスとは烏をトーテムとする一族のことだろう。

熊野本宮大社にあるポスト

ヤタガラス族は山に暮らす一族だ。だからこそ熊野の山の道案内ができたのだろう。そして山に詳しいということは、鉱物のありかを知っているということだ。

富の在りかを知るヤタガラス族は名草戸畔や丹敷戸畔、エウカシ等に狙われていたことだろう。隷属状態にあったかもしれない。
山で暮らすヤタガラス一族は平地に定住する一族には数で勝つことはできず、従うしかなかっただろう。
しかし、ナガスネヒコに敗れたとはいえ多くの軍勢を率いるイワレヒコを見た。
ヤタガラス一族はイワレヒコの英雄性に一族の命運をかけたのではないか?

山を闊歩し、様々な一族に使われることで、ヤタガラス一族は山だけではなくその他の一族の内情にも詳しかったはずだ。

ヤタガラスは情報を与える代わりに一族の救済をイワレヒコに申し出た。兄と多くの兵を失ったイワレヒコは寡兵で戦わなければならない。正面からの真っ向勝負はとても無理だ。ヤタガラスの申し出は渡りに船だっただろう。
軍を率いていた兄と兵たちを失ってもイワレヒコが戦い続け、勝ち続けることができたのはヤタガラス一族がもたらす情報のおかげだった。

エウカシはヤタガラスによって滅ぼされたと言っていいのかもしれない。
オトウカシとの仲を引き裂くような噂を流されたのか?オトウカシがイワレヒコになびくような話をしたのか?ヤタガラスがどんな策略を使ったのかは分からないが、日本の王となったイワレヒコからヤタガラスは褒美の土地を与えられている。虐げられていたものが支配者となったのだ。

ヤタガラスについてはまだまだ謎が多い。しかし、どんな働きがあったにせよイワレヒコの窮地を救ったからこそ太陽の化身とまで言われて崇められているのだろう。
神武の東征の裏にはヤタガラスの大活躍があったに違いない。

投稿者

よし

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)