宇陀の伝承
奈良県宇陀市には神武の東征の話が多く残っている。
代表的なのはエウカシとオトウカシの兄弟の話だろう。古事記と日本書紀で二人の名前に使われる漢字と話は少し違うところがあるが、大体以下のような話だ。
宇陀に来たイワレヒコ(神武天皇)は、宇陀を治めるエウカシとオトウカシへ傘下に下るようにヤタガラスを使者として送り出した。
弟のオトウカシは従ったが、兄のエウカシはヤタガラスに矢を放って追い払った。
しかし、イワレヒコと正面から戦うのは危険だと判断したのかだまし討ちをすることにした。
押し機という上から物を落とす装置を館に設置して、イワレヒコに下るふりをして館に招くことにした。
今か今かとイワレヒコを待っていたエウカシだったが、エウカシの作戦はオトウカシがイワレヒコに報告して筒抜けだった。
武器を持ったイワレヒコの部下から「まず、お前から入れ」と命令されたエウカシは、自らの罠で命を落とした。天孫を騙そうとした罪はよほど重かったのか、潰されたエウカシの体は押し機から引きずり出されて八つ裂きにされた。
3月14日・ホワイトデーだというのに、血生臭い伝承が残る地を巡ってみた。
伝承地巡り
伝承は本当に起きた事なのか、それともモデルとなることがあったのか、事実は分からないが宇陀の宇賀志に物語の舞台となったとされる場所がいくつもある。
莬田穿邑(ウダウガチムラ)
エウカシとオトウカシの領地。
ウガチ⇒ウガシと変化していったと考えられる。石碑が建っている場所には車で横づけはできない。近くに観光駐車場があるので、車で行く時はそこに止めてから行くのがいい。




宇賀神社と血原
宇賀之魂神を祀る神社と、八つ裂きにされたエウカシの血で赤く染まった土地。
神社はエウカシが殺された場所から近いことから、エウカシの墓があったかもしれない。



ヲドノ
押し機を設置した館の跡地が小字として残っている。大殿(ヲヲドノ)⇒ヲドノ
宇賀神社の横にある血原橋を渡ってすぐにある。


八ツ房杉と莬田の高城
イワレヒコが陣営を張った場所と、その際に植えた杉。
杉は桜實神社(サクラミ・桜実神社)の境内にある。
高城には石碑が建っている。
神社と高城に行くには同じ道だが途中で分かれ道がある。車で行く時は神社に車を止めてから歩いて高城まで行った方がいい。
神社から高城までは十分ほどで行けるが、急な坂道が続くためちょっときつい。きつい思いをして登っても見晴らしは良くない。辺り一面杉に囲まれている。




どの場所も観光駐車場から歩いて廻れる距離にあった。

始まりの地・莬田野
伝承地はまだまだあるが(宇陀水分神社や八咫烏神社など)、あとに予定があったためこれだけしか巡れなかった。
なぜ、イワレヒコは宇陀を目指したのか?宇陀に眠る水銀を狙った説があるが本当だろうか?
様々な説を聞いて、伝承地を巡り歩いて、自分なりの答えを見つけたい。
